香川県
さぬきうどん
さぬきうどんは、香川県(旧讃岐国)特産のうどんです。その起源は、弘法大師空海が唐の国からうどん作りに適した小麦と製麺技術を伝えたという伝説や、空海よりさらに100年前の遣隋使、遣唐使の時代に伝えられたという説もあります。
さぬきうどんは、コシの強さやもっちりとした粘りと弾力が特徴で、全国的に最も知られたうどんのひとつです。温暖な瀬戸内海に面した香川県から徳島県にかけては昔から小麦が作られてきましたが、とりわけ地元産の小麦からうどんを作ることに力を入れてきたのが香川県です。総務省の家計調査によると、「生うどん・そば」「乾うどん・そば」の消費額は全国平均が6,218円なのに対し、香川県は12,570円と突出しています(2012~2014年の平均値)。
歴史の古さ、消費量の多さが示すようにさぬきうどんの食べ方も「かけうどん」「ざるうどん」「ぶっかけうどん」「釜揚げうどん」「釜玉うどん」「生醤油うどん」などさまざまです。うどんの食文化が進んだ香川県では、地元の協同組合が毎年7月2日を「さぬきうどんの日」と制定しています。また、さぬきうどんは、秋田県の稲庭うどん、群馬県の水沢うどんとならび、日本三大うどんのひとつとして知られています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「香川県公式観光サイト うどん県旅ネット ホームページ」
秋田県
稲庭うどん
稲庭うどんは、米どころ・秋田県南部で伝統的な手延べ製法で作られている干しうどんです。冷や麦より若干太く、やや黄色味がかった色合いです。植物油を使わず、打ち粉としてでん粉を使う点や、平べったい形状となめらかな食感が特徴です。
稲庭うどんについての記述がある「稲庭古今事蹟誌」によれば、寛文年間(1661年頃)以前に秋田藩稲庭村小沢集落(現在の秋田県湯沢市稲庭町字小沢)の佐藤市兵衛によって生まれたと伝えられています。製法伝来の経緯については、作り方が素麺(そうめん)に似ていることから、三輪素麺の技術が北前船で伝えられたという説、宮城県白石市の温麺の技術が伝わったという説、藩主の国替えで製麺技術が持ち込まれたという説などさまざまです。
稲庭うどんの最大の特徴は、うどん用に配合した特製の小麦粉を空気を含ませながら力強く練り、生地を両手でよりながら2本の棒にあやがけしていく「手綯い(てない)」と呼ばれる製法を守っていることにあります。熟成させた麺を手でさすりながら伸ばし、「練る」「綯う(なう)」「つぶす」「伸ばす」といった工程をすべて手作業で行います。厳選した小麦粉、清冽な水と塩だけで繊細なうどんが作られます。稲庭うどんは2007年(平成19年)、農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「東北麺紀行」 日本経済新聞
・「秋田県稲庭うどん協同組合」
山形県
ひっぱりうどん
写真提供:「山形県」
山形県村山市の戸沢地区に伝わるうどんの食べ方で、乾麺をゆでて鍋から取り、納豆やサバ缶などで作ったタレにつけて食べる、とてもシンプルなうどん料理です。鍋から直接、箸でひっぱり上げて食べるので「ひっぱりうどん」と呼ばれています。
「ひっぱりうどん」の定義は、【1】乾麺を使う【2】麺をゆでた鍋から直接ひっぱり上げる【3】ひっぱり上げたあとの食べ方は自由!というものです。炭焼で生計を立てていた人々が、1週間程山ごもりをする際、うどんと保存性のいい食品を組み合わせて作ったのが始まりといわれています。調理に手間がかからず、おいしくて体も温まることから、家庭でも食べられるようになったと伝えられています。
「ひっぱりうどん」の作り方は、たっぷりのお湯に乾麺を入れ、かき混ぜながらゆでます。その間に納豆、ねぎ、醤油、とろろ昆布、砂糖、かつお節などをお椀に適量入れ、お湯で味を調えてうどんのつけダレを作っておきます。のり、七味、柚子こしょう、しょうが、大根おろし、山芋などの薬味を入れるのが一般的な食べ方です。サバ缶やツナ缶、天ぷらなどを入れる地域もあります。
<文献>
・「やまがた物がたり ホームページ」 一般財団法人 山形県観光物産会館
富山県
氷見うどん(ひみうどん)
江戸時代中期、現在の富山県氷見市にあるうどん店、高岡屋の創業者である高岡屋弥三右衛門(やざえもん)が、当時能登の輪島そうめんの製造技術を取り入れ、氷見で手延べうどんを作ったのが「氷見うどん」の始まりといわれています。
「糸うどん」ともいわれ、加賀藩前田候の御用達うどんとして献上されていました。その作り方はそうめんとほぼ同じですが、油を使わないのが「氷見うどん」独自の製法であり、これにより強いコシとつや、そしてのど越しの良さと歯応えが生まれます。
うどんは、手打ちで粉を練り上げた生地を、こねてから平たく延ばし、包丁で切って麺を作る製法が一般的です。ところが「氷見うどん」は、手打ちの工程を踏んで生地を作りながら「手延べ」で引き延ばして作ります。「手延べ」は、生地を広げて延ばすのではなく、棒のような長いかたちにして何度も両方から引き延ばし、これを繰り返して細くなるまで延ばし続けるという製法です。「手延べ」は「手打ち」の何倍も手間がかかる製法ですが、この製法で作ることで、強いコシと粘り、モチモチした弾力性、さらになめらかなのど越しが生まれます。「氷見うどん」は「手打ち」と「手延べ」の良さを兼ね備えたうどんといえます。
写真提供:「株式会社海津屋」
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「氷見うどん高岡屋本舗 ホームページ」
・「海津屋 ホームページ」
石川県
小松うどん
写真提供:「小松うどんつるつる創研」
江戸時代に加賀藩に納められ、加賀藩御用達品として将軍家や諸大名に贈られた「小松うどん」。俳聖・松尾芭蕉も贈られてきた「小松うどん」を旅先で食べ、そのおいしさを称賛したといわれています。小麦粉は小松産の「地粉」を中心に用います。そして、霊峰白山の清冽な伏流水が「小松うどん」の麺につや、コシを与え、だし汁においてもイワシやアジ、サバの旨みを十分に抽出したものを使います。ゆでる際は、生麺の重量の8倍もの水を用い、沸騰を保ちながらゆで、氷水で締めます。
2010年(平成22年)の小松市制70周年の折には、「小松うどん定義八か条」が定められ、「小松市内で製造された麺であるべし」「白山水系の水で仕込むべし」「具材は“じのもん”をできる限り使うべし」などといった約束事を定め、「小松うどん」による地域ブランド作りを始めています。こうした取り組みによって加盟店も増え、さまざまなバリエーションの小松うどんを味わうことができるようになりました。温、冷のどちらでもおいしくいただけるため、一年中ほとんどの店舗でどちらのタイプも用意しています。
<文献>
・「小松うどんつるつる創研 ホームページ」
・「小松市 ホームページ」
群馬県
ひもかわうどん
「ひもかわうどん」は、群馬県桐生地方に伝わる郷土料理です。呼び名の起源は、江戸時代に東海道の芋川(いもかわ:現在の愛知県刈谷市)名物だった平打ちうどんが「きしめん」のルーツといわれていることから、「芋川」がなまって「ひもかわ」になったのではと伝えられています。
群馬県は古くから小麦の産地として知られています。また、昔から養蚕が盛んで、桐生は織物の産地として広く名を知られるようになりました。明治時代から機を織る繊維工場が建ち並び、その工場に勤める女工さんたちは食事の用意をする間も惜しんで働いていました。そんな女性たちが手早く、おいしく、満足できる食事として食べていたのが地粉で打ったうどんで、それが桐生にうどんが広まるきっかけになったといいます。
「ひもかわうどん」の麺の幅はお店によってさまざまで、1cm強のものから、なんと10cm以上!のものまであります。厚みはどれも1mm程と薄く、ツルンとしたのど越しが魅力のひとつです。まるで織物のように折りたたんで盛り付けられたうどんを「盛りひもかわ」といい、見た目の美しさも人気を呼んでいます。本来は冬場の食べ物だったようですが、今ではその涼しげな姿から、夏の定番として食べられています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「旅行ガイドメディア トラベルjp <たびねす>」
・「うどんの街、桐生」 桐生麺類商組合
館林うどん
写真提供:「館林うどん」
群馬県南東部の館林地方は、気候風土にめぐまれ、良質な小麦の産地として広く知られています。さらに日本屈指の水郷が広がり、名峰赤城山の伏流水が豊富な「おいしい水の街」としても知られています。
「館林うどん」は、こうしたうどん作りに恵まれた環境で生まれ、うどん食文化を着実に形成していきました。江戸時代中期には、将軍家に献上されていたとの記録が残っています。
明治34年には館林製粉(現在の日清製粉)が創設され、地域の産業を牽引していきます。これに伴い、良質の粉を加工する麺類製造業が起こり、歴史あるうどん製造技術を発展させます。つややかで、なめらか。もっちりとした食感で強いコシがあり、風味豊かな味わいが「館林うどん」の特徴です。現在では群馬三大うどん(館林うどん、水沢うどん、桐生うどん)のひとつとして親しまれています。
麺つゆは熱く、香り豊かなかつおだしでいただくのが基本ですが、真夏には40度を超える気温を記録する「日本一暑い街・館林」、夏場には冷たいうどんも好まれているようです。
<文献>
・「株式会社館林うどん ホームページ」
・「郷土料理ものがたり ホームページ」
・「とっておきの旅行・観光情報Find Travel(ファインドトラベル) ホームページ」
水沢うどん
写真提供:「ビジュアルぐんま」
「水沢うどん」は、群馬県伊香保地方の名物うどんです。この地には、飛鳥時代に創建された、坂東三十三箇所の十六番目の札所である水澤寺(水澤観音)があり、多くの参拝客が訪れていました。およそ400年前、上州産の小麦と水沢山から湧き出た名水で作った手打ちうどんが参拝客用に供されるようになったことが「水沢うどん」の起源といわれています。香川県のさぬきうどん、秋田県の稲庭うどんとならび、日本三大うどんのひとつとして知られています。
「水沢うどん」は、手ごね、足踏みと丹念に作り上げられ、やや太めでコシが強く、のど越しがよいのが特徴です。一般的には冷たいざるうどんで供されることが多く、つけ汁は店ごとに違いはあるものの、主に醤油だれとゴマだれでいただきます。
上州は古くから小麦の栽培が盛んで、現在でも小麦の収穫量全国第4位(平成26年)を誇っています。良水にも恵まれ、「水沢うどん」のほか「ひもかわうどん」「館林うどん」「おっきりこみ」など全国的に知られるうどんの産地となっています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「伊香保温泉観光ナビ ホームページ」
・「伊香保温泉図鑑 ホームページ」
栃木県
耳うどん
「耳うどん」は、うどんを耳の形に作り上げて食べる、栃木県の郷土料理です。小麦粉をこね、薄く伸ばした後に長方形に切り分け、片側をたたんでつまみ、耳の形にします。汁はかつお節か煮干しでだしを取り、醤油とみりんで濃い目に味付けします。そこに小口切りにしたねぎと、薄い短冊切りにしたにんじんを加え、ゆでた「耳うどん」を入れて完成です。すいとんに似たもっちりした食感が特徴です。
「耳うどん」は、江戸時代の終わり頃、佐野市を中心にした栃木県南西部で広まりました。もともとは正月用の保存食であり、年末に家庭で作られ正月三が日に食べられました。大正時代には正月に食べると魔除けになると伝えられるようになり、新年には欠かせない食べものになりました。
「耳うどん」の耳は悪魔の耳で、家族の話を悪魔に聞かれないように食べてしまう、あるいは耳を食べることでご近所の悪口が聞こえてこないようにする、などといわれています。新しい年を迎え、家族の幸福やご近所付き合いを円滑にするための願いが込められた料理というわけです。
本来、正月料理であることから、伊達巻きやかまぼこなどを加えたり、柚子の香りをアクセントにするなど、お節料理を上手に使って食べることも多いようです。
<文献>
「うどん大全」 旭屋出版
「家・街・暮らしの情報サイト at home VOX(アットホームボックス) ホームページ」
埼玉県
加須うどん
鯉のぼりの街として知られる埼玉県加須市は、良質な小麦の産地でもあります。昔は利根川の氾濫が度々あり、その度に肥沃な土が運ばれたため、一帯は小麦の栽培に適した地になったといわれています。良質な小麦と豊かな水に恵まれ、加須では古くからうどん作りが盛んでした。
「加須うどん」の特徴は、「手ごね」「足踏み」「寝かせ」といった手打うどんの工程を通常の2倍近い時間をかけて行うことにあります。これによりコシが強く、のど越しが良いうどんが生まれます。
あっさり味の冷たいつゆに、水洗いした冷たいうどんを潜らせて食べる、というのが一般的です。しかし食べ方に特に制約はないので、冷たいごま味噌風味のつゆにつけて食べる「冷汁うどん」、長ねぎと油揚げを甘辛く煮て加える「ねぎ南蛮うどん」、油で炒めたなすとねぎが入った温かいつゆにつけて食べる「なす南蛮うどん」など、工夫次第でさまざまな味わいを楽しむことができます。
また加須のうどん店では、季節によって麺の太さを変えるなど、各店がそれぞれに手打ちの技を競い独自の一品を作り出しています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「加須手打ちうどん会 ホームページ」
・「加須市 ホームページ」
冷汁うどん
「冷汁うどん」は、埼玉県大宮市、川越市、加須市周辺の家庭を中心に食べられているつけ汁うどんです。炎天下で働く農民が、農繁期の忙しい時や食欲のない時でもさっと食べられて栄養補給が行えるように、生活の知恵から生まれたともいえる料理です。
冷汁うどんは、ごま、白味噌、しその葉、砂糖などをすり鉢ですり、冷水やだし汁を加えて伸ばしたつゆに、しょうがやみょうがなどの薬味を入れて食べます。「すりたて」のつけ汁で食べることから、なまって「すったて」「つったて」と呼ぶ地域もあります。冷たくてのど越しが良いことから、夏のそうめんや冷や麦、細打ちうどんのような食べ方をされているようです。
「冷汁うどん」は、埼玉県加須市にある加須うどん店、「子亀」が発祥とされています。ここでは厳選した小麦粉と良質な水を使い、昔ながらの製法でじっくりと作り込まれているそうです。
「冷汁うどん」は、農林水産省が選定した「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれた埼玉県の郷土料理です。また2000年(平成22年)に開催された「第6回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦」で優勝を飾ったこともあり、提供する店の数も急増しました。
<文献>
・「家庭で味わう郷土料理百選 ホームページ」
・「手打ちうどん子亀 ホームページ」
東京都
武蔵野うどん
武蔵野とは、関東平野南東部の武蔵野台地を指し、埼玉県川越市以南、東京都府中市までの地域とされています。武蔵野台地は土質や水利の関係で、米を作るのには適さない土地であり、代わって小麦の栽培が盛んに行われたことから、自然とうどんを打つ小麦主食の文化地帯となりました。
「武蔵野うどん」は、地元で収穫した小麦粉を使って打ったものをいい、麺は一般的なうどんよりも太くてコシがあり、力強い食感です。やや茶色がかっているのも武蔵野うどんの特徴です。食べるときは麺をざるに盛った「ざるうどん」、もしくは「盛りうどん」とするのが一般的です。つけ汁は、かつおだしを主とした強い味で甘みがあり、ごまなどを薬味として混ぜたものを温かいまま、茶碗かそれに近い大きさの器に盛ります。ねぎや油揚げなどを好みで混ぜ、汁にうどんをつけて食べます。
江戸時代、武蔵野地域ではうどんはおめでたい日の行事食であったことから、今でも祝い事や親戚の集まりに縁起担ぎでうどんを出すことが多いようです。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「武蔵野地粉うどん ホームページ」 武蔵野商工会議所
山梨県
ほうとう
写真提供:「やまなし観光推進機構」
「ほうとう」は、戦国武将・武田信玄が野戦食として用いていたというエピソードが広く知られている山梨県を代表する郷土料理です。小麦粉を練り、ざっくりと切った歯応えのある麺を地元で採れたかぼちゃ、じゃがいも、白菜、にんじんなどの野菜と一緒に味噌仕立ての汁で煮込んだ素朴な料理です。地域によっては、すいとんのような固まりで供されることもあり、必ずしもうどん状の長い麺であるとは限りません。
麺状の「ほうとう」は、木製のこね鉢で水分を加えた小麦粉を素手で練り、できあがった生地をのし棒で伸ばし、折り重ねて包丁で幅広に切り刻みます。麺にコシを求めないため、生地を寝かせてグルテンを生成させることはありません。
野菜と一緒に煮込むのが主流ですが、麺を冷水でさらし、少し温かい汁につけて食べる「おざら」や、麺に適度な粘りのある小豆餡をのせた「小豆ぼうとう」などといった派生料理もあります。興味深いのは山梨県内では「ほうとう」はあくまで「ほうとう」であって、一般にいうところの「うどん」とは異なるものとして認識している点です。
2007年(平成19年)には、農林水産省により各地に伝わるふるさとの味の中から選定した「農山漁村の郷土料理百選」の中のひとつに選ばれています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「知らなかった旅先が見つかる旅行ガイドブックTravel Book ホームページ」
・「甲州ほうとう 小作 ホームページ」
吉田うどん
「吉田うどん」は、山梨県富士吉田市及び山梨県郡内地方で食べられている郷土料理です。富士山の伏流水で打つ吉田うどんは、非常に強いコシが特徴で、ゆでたキャベツなどの野菜と馬肉を加えるのが特徴です。メニューは、温かいうどんか冷たいうどんの2種類のみという店が多いようです。
富士山麓の街、富士吉田市は、標高650~850mの高原都市です。年間平均気温は11℃で、土壌は溶岩流や火山灰のため稲作には向かず、大麦や小麦などの穀類の栽培をしてきました。そのため、それらを粉にして食べる粉食中心の生活がうどん文化の基盤となりました。
また富士吉田市は、昭和初期には繊維産業が盛んで、女性の多くが自宅で機織りをして働いていました。そうした忙しく働く女性のために男性が作った料理がうどんでした。男性が力を込めてうどんを練ったためにコシが強く歯応えのあるうどんが主流になったといわれています。
吉田うどんを提供する店のほとんどは自家製のねじれ麺です。つゆは味噌、醤油、味噌と醤油の合わせの3種類が基本。2007年(平成19年)には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」のひとつに選定されています。
写真提供:「やまなし観光推進機構」
<文献>
・「うどん大全」旭屋出版
・「富士吉田観光 ホームページ」 一般財団法人 ふじよしだ観光振興サービス
・「富士山と富士五湖の総合情報サイト Fujigoko.TV ホームページ」
長野県
おしぼりうどん
「おしぼりうどん」は、長野県埴科郡坂城町を中心とするエリアで食べられている郷土料理で、釜揚げうどんの一種です。ねずみ大根という坂城町で採れる小ぶりの地大根をすりおろして、布巾などで搾ることから“おしぼり”とネーミングされました。この搾った汁に味噌、かつお節、ねぎなどの薬味をお好みで入れ、あつあつの釜揚げうどんをつけて食べます。大根の辛味とほのかな甘みがおしぼりうどんファンを魅了しているようです。
ねずみ大根は、一見して“ねずみ”に似た愛嬌のある姿からそう名付けられたそうです。葉の形も根の形も普通の大根とは異なり、また普通の大根に比べて辛み値が2倍以上もあり、体の芯から温まるのが特徴です。大根は、そばや焼魚などの薬味としておろして使われるのが一般的ですが、「おしぼりうどん」ではすりおろした身の部分は使わず、搾り汁だけを使って食べます。
「おしぼりうどん」を初めて食べる人は、その辛さにむせかえる人が多いといいます。搾り汁の中に味噌を多めに入れたり、砕いたくるみを入れて味をまろやかにして食べることを勧めています。信州で昆布や鰹といった海産物や醤油でさえ高価で手に入らなかった時代に生まれた、貴重な食文化といえます。
<文献>
「坂城町ホームページ」 坂城町役場
「坂城町ねずみ大根振興協議会 ホームページ」 坂城町ねずみ大根振興協議会
「ぴこねっと郷土料理 ホームページ」 ぴこねっと
お煮かけうどん
写真提供:「御代田町商工会」
「お煮かけうどん」は、長野県北佐久郡御代田(みよた)町で古くから行催事の折に伝統食として食べられてきた料理です。大寒の頃(1月21日~2月3日頃)、行者が冷水を浴びて五穀豊穣を祈る「賽の水(さいのみず)」という地域の祭りや、町内のイベントなどで現在も振る舞われています。地物の食材を煮て、うどんにかけて食べることから“お煮かけ”と呼ばれるようになりました。
食べ方は、まず麺を細く切ってゆで、一口分ずつ小分けにして置いておきます。次に大きめの鍋に旬の地物の野菜をたっぷり入れて、鶏肉、油揚げなども加えて味噌味あるいは醤油味の汁を作ります。卓上にコンロなどを置いて鍋をかけ、汁が常に煮えた状態にしておきます。小さめのカゴ(とうじカゴといいます)に小分けにした一口分の麺を入れ、汁の中で温めて味をしみこませます。麺が温まったところで、カゴに入れた麺の上に具材を乗せ、椀に盛り付けていただきます。大根おろしや、ごま、くるみをすり、煮汁でのばした調味汁をかけていただくこともあります。
「お煮かけ」は、うどんでなくそばの場合もあります。その場合は「とうじそば」と呼ばれており、信州の中央、中信地域ではそばでいただくのが一般的です。
<文献>
・「御代田町商工会 ホームページ」 御代田町商工会
・「御代田町観光協会 ホームページ」 御代田町観光協会
・「信州いきいきレシピ ホームページ」 長野県商工会女性部連合会
愛知県
香露(ころ)うどん
写真提供:「GOTRIP! 明日、旅に行きたくなるメディア」
香る露(つゆ)と書いて「ころ」と読みます。「香露うどん」は愛知県名古屋市を中心とする東海エリアで食べられている冷やかけうどんの一種です。かつおだしの効いたたまり醤油のかぐわしさが想像できるネーミングです。
岐阜県多治見市にあるうどん店、信濃屋の初代店主が、戦前名古屋市で任されていたうどん屋のまかない食として食べていた冷たいうどんを、「香露かけ」としてメニューに加えたところ「ころ」として評判になったのが名称の由来だといいます。本来は温・冷のどちらでも食べられていましたが、現在は冷たいものを「香露うどん」というようになりました。丼に盛り付けられ、ねぎやしょうが、ごまなどの薬味とともに汁をかけた状態で出されます。薬味以外の具材をトッピングした場合は「香露うどん」とは呼ばなくなります。
食べ方がシンプルなので、うどんそのものの味を楽しむことになり、うどん店の力量が問われる料理です。信濃屋では、粉と塩水を1時間半かけて合わせ、手で1時間かけてこねます。この生地を一晩寝かせて翌日のうどんとして出すときには、さらに1時間かけてゆでられるので、やわらかな口溶けと豊かな弾力が生み出されます。
<文献>
・「GOTRIP! 明日、旅に行きたくなるメディア ホームページ」
http://gotrip.jp/2015/11/24131/
・「ALL About」
味噌煮込みうどん
「味噌煮込みうどん」は、愛知県三河地方で生まれた郷土料理のひとつであり、名古屋の食文化を表す“名古屋めし”の代表的な料理です。独特の麺の「コシ」とつゆの「コク」が人気のうどんです。味噌仕立ての煮込みうどんは日本各地にありますが、そのほとんどは米味噌で煮込んだものであり、豆味噌を使用するのはほぼ、愛知県の「味噌煮込みうどん」だけといっていいようです。「味噌煮込みうどん」と呼ぶには、おおむね次のような条件があります。
- 1)味噌は赤味噌を使用すること。赤味噌は長く煮込んでも風味が損なわれない特徴があります。
- 2)味噌煮込みうどんに使用する麺は、麺打ちに塩水を使いません。塩水を使わないと煮込んでも塩分が出ないため、うどん全体の味に影響を与えません。
- 3)煮込み用の土鍋には冷めにくい信楽焼を使用します。土鍋のふたには空気穴がなく、実際に煮込む時にはこのふたは使いません。ふたは食卓に出す直前に被せ、内側にうどんを取り分ける食器代わりに使用します。
具材は鶏肉、卵、ねぎ、しいたけなどをふんだんに使い、餅などを入れる場合もあります。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「名古屋観光情報 名古屋コンシェルジュ」 財団法人名古屋観光コンベンションビューロー
きしめん
「きしめん」は薄く平たい麺を使った名古屋名物のうどん料理です。江戸時代初期に三河国芋川(現在の愛知県刈谷市)で食べられていた麺料理が「きしめん」の起源といわれていますが、雉子(きじ)肉を入れた煮込みうどんの「きじめん」、あるいは名古屋で紀州出身の人が作った「紀州めん」などがなまったものともいわれています。さらに「きしめん」は、群馬県桐生地方の郷土料理「ひもかわうどん」の起源になったという説もあります。「名古屋きしめん」と表示するには、乾麺で幅5~7.5mm、厚さ1.5mm未満とされています。
「きしめん」はゆでた麺に熱いつゆをかけ、油揚げや鶏肉などの具を入れ、ねぎやかつお節をのせるのが一般的な食べ方です。しかし、カレーきしめん、味噌煮込みきしめん、ざるきしめん、力きしめん、冷やしきしめんなどのように、さまざまな工夫で調理した食べ方も人気があります。
愛知県製麺工業協同組合では10月26日を「きしめんの日」に制定しています。10月は食欲の秋、26日はきしめんのつるつる感をあらわすツ(2)とル(6)を組み合わせたものです。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「名古屋観光情報 名古屋コンシェルジュ」 財団法人名古屋観光コンベンションビューロー
三重県
伊勢うどん
三重県伊勢市を中心に食べられている「伊勢うどん」。一般的においしいうどんは、麺につやとコシがあり、弾力のある歯応えがあるものと考えられます。ところが「伊勢うどん」は、極太の麺を1時間近くゆでて、コシを全くなくすほどにやわらかく仕上げます。「伊勢うどん」は、まるで一般的なおいしいうどんの条件とは対極にある食べ物といっていいでしょう。
そのルーツは江戸時代以前、あるいは鎌倉時代からあったともいわれ、正確なところは定かではありません。全国から訪れる伊勢神宮の参詣客に供したところ、長旅に疲れた体にはやわらかくて食べやすく、消化も良いこのうどんが適していたようです。みるみる人気が出て、「伊勢うどん」を提供する店が参道に軒を連ねたといいます。
愛知、岐阜、三重の三県が囲む伊勢湾沿岸地域は、昔から豆味噌を多く作っていました。味噌が発酵するとたまり醤油が滲出(しんしゅつ)します。このたまり醤油にかつお節やいりこ、昆布などのだしを加えた、黒くて濃厚なタレを作り、ここにうどんを絡めて薬味の青ねぎとともに口に運ぶのが「伊勢うどん」の正しい食べ方です。
「伊勢うどん」は、その昔は単に素うどんと呼ばれていたようですが、永六輔氏がこのうどんを食べて「これは伊勢うどんだ」といったのが契機になり、1972年に「伊勢うどん」に統一したようです。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「伊勢醤油 ホームページ」 伊勢醤油本舗
・「TABIZINE ホームページ」 カーツメディアワークス
大阪府
かすうどん
「かすうどん」は、大阪の南部、河内地域で食べられてきたうどんです。「かすうどん」の「かす」は天かすのことではなく、牛の小腸(ホルモン)を細切れにして脂が抜けるまでじっくり素揚げした「油かす」のことです。水分や余分な脂分が飛んだ“かす”は高タンパク・低脂肪でコラーゲンたっぷりの食材です。食べると表面はカリカリしていますが、中はプルプルとした歯応えがあり、肉の旨みが凝縮されている独特の風味がします。「油かす」を関西風のだしの効いたあっさり味のうどんにトッピングすると、ほどよくこってり感が増します。
この油かすを具材としたうどん「かすうどん」を考案したのが、大阪府藤井寺市に1995年にオープンした「加寿屋(KASUYA)」です。胃にもたれず、さっぱりした「かすうどん」は低脂肪でコラーゲンたっぷりなことから、うどん好きの女性からも注目されています。近年ブームのB級グルメ好きの方にも、庶民的なおいしさがたまらない魅力といえます。
<文献>
・「ロケットニュース24 ホームページ」
岡山県
備中(びっちゅう) 手延べうどん
写真提供:「かも川手延素麺」
「備中手延べうどん」とは、岡山県浅口市鴨方町(旧備中国)、さらにはその周辺地域において、手延べ方式で生産されているうどんのことです。岡山、兵庫、香川の三県は古くから小麦の産地であり、9世紀頃の吉備国(岡山を中心とした古代日本の地方国家)では「麦切」という麺の原型が食べられており、朝廷に特産品として献上されていたという記録があります。
江戸時代後期には、原田敬助という人が播州(現在の兵庫県)からそうめん職人を招き、水車を建設して製麺業を始めました。これが現在の「備中手延うどん」の始まりといわれています。
岡山県の手延うどんの生産額は全国1位、手延そうめんの生産額は全国6位です。その多くは乾麺で流通しているため、常備食として保管している家庭も多いことでしょう。岡山県内では御中元や御歳暮などの贈答品の定番商品としても定着しています。
さぬきうどんなどの手打ちうどんに比べて麺は細く、やや平たくなっています。やわらかく、もちもちしながらも適度なコシがあり、のど越しの良いうどんです。「備中うどん」は、麺そのものを指しており、食べ方や調理法は特に決まっていないので、さまざまな食べ方が楽しめるうどんです。
<文献>
・「麺匠かもがた本舗 ホームページ」 麺匠かもがた本舗
・「遙竹庵 ホームページ」 岡山手延素麺
しのうどん
写真提供:「玉島おかみさん会」
今から約250年前の江戸時代中期、現在の岡山県倉敷市にある円通寺で「良寛和尚(越後に生まれた曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家)」が修行を重ねていました。その良寛和尚の積み上げた徳によって、彼を慕い訪れる参拝者が増え出したそうです。その時、円通寺の参拝者にふるまわれていたうどんが「しのうどん」の起源になったといわれています。
「しのうどん」は、幅は約2cmと広く、長さはなんと約1m!コシは弱くやわらかいものの食べ応えのあるうどんです。椀の中に1本のうどんが円を描くように盛り付けられ、「心ま~るく、ま~るく」と唱えながら食べていたといわれています。
こうした食文化も昭和40~50年頃に一度衰退しましたが、地元の女性グループが主体となって集まった「玉島おかみさん会」が、平成14年に地元の物産展に出品すると大きな反響があり、その後、公共施設でも「しのうどん」が提供されるようになりました。しのうどんの普及のために、和洋中にとらわれない自由なレシピで楽しまれているうどんです。
<文献>
・「玉島おかみさん会 ホームページ」
・「くらしき地域資源ミュージアム ホームページ」
倉敷ぶっかけうどん
歴史は明らかではないものの「倉敷ぶっかけうどん」としては、江戸時代からその起源と思われる麺料理が食べられていたようです。倉敷の郷土料理として、それぞれの家庭の味が伝えられてきましたが、昭和30年代に入ると「ふるいち」という製粉店の店主がぶっかけうどんの店を開いたところこれが繁盛し、「倉敷ぶっかけうどん」の名が世に知られるようになったといいます。
「倉敷ぶっかけうどん」は、ゆでたうどんに多彩な具材と薬味をのせ、上から少なめのだし汁をかけたもので、麺も汁も温かいものと冷たいものがあります。家庭の味として伝えられてきたことから、その家ごとにトッピングする具材や薬味もさまざまです。だし汁はやや味が濃い目で甘みが強いのが特徴です。薬味は温かいものにはしょうが、冷たいものにはわさびが一般的です。
2015年の「うどん天下一決定戦」では、この「ふるいち」が「倉敷ぶっかけうどん」を出品し、堂々2位に輝いています。
<文献>
「ふるいち ホームページ」
「うどん天下一決定戦2016実行委員会 ホームページ」
徳島県
たらいうどん
「たらいうどん」は、大釜でゆでたうどんをたらいに移し、大人数で食べる徳島県に伝わる郷土料理です。江戸時代、現在の徳島県阿波市土成町(どなりちょう)周辺の木こりが昼食時に川沿いに石のかまどを作り、鉄釜でうどんをゆで、木の枝を箸の代わりにして食べたのが始まりとされています。大勢で鍋を囲む様子から「釜抜き千本」ともいわれる、野趣あふれる食べ方が伝えられています。
現在のようにたらいにお湯を張って食べるようになったのは、昭和に入ってからのことです。鎌倉時代に即位された「土御門上皇(つちみかどじょうこう)」の700年祭が執り行われた昭和6年、当時の徳島県知事が「たらいのような器で食べたうどんが旨かった」と語ったのが「たらいうどん」と命名されるきっかけになったといいます。
「ジンゾク」という川魚(ハゼ科の小魚)でだしをとった淡泊なつゆに、コシの強いうどんを潜らせて食べるのが一般的です。阿波市の一部地域では、どの家庭にもかならずうどん用のたらいがあるといわれるほど、「たらいうどん」が地域の名物料理になっています。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「阿波市観光協会 ホームページ」
・「徳島コンベンションサポートホームページ」
福岡県
博多うどん
今から約700年前の鎌倉時代後期、「聖一国師(しょういちこくし)」という僧侶が、宋(そう)から博多に持ち帰ったのが「博多うどん」の起源といわれ、博多にある承天寺にはその記念碑があります。このことから博多は、日本の“うどん発祥の地”ともいわれています。
「博多うどん」の麺は太めでやわらか。九州産の小麦粉はグルテンが少な目で、さぬきうどんのような強いコシはないものの、やわらかな弾力を持っていてもちもちとした食感が特徴です。つゆは昆布をベースに、煮干、さば節、かつお節、アゴ(トビウオ)などでだしをとり、薄口醤油を加えて仕上げます。
「博多うどん」の定番メニューは「丸天うどん」と「ごぼう天うどん」です。「丸天うどん」は博多名物の円形のさつま揚げ(丸天)を、そのまま丼のふたのようにのせ、刻んだねぎをたっぷり入れて食べる人気のうどんです。「ごぼう天うどん」はごぼうを輪切りやささがきにしてからカリカリに揚げ、うどんの上にたっぷりのせます。カリカリ、サクサクした食感がやわらかい食感のうどんによく合います。
その他にもトッピングには、博多ならではの辛子明太子、海老天、お揚げ、わかめなどさまざまです。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「Makuake ホームページ」
長崎県
五島うどん
長崎港から西に約100Km離れた東シナ海上に連なる五島列島。「五島うどん」は、鎌倉時代中期の蒙古襲来の際、帰国できなくなった元の兵士からうどんの打ち方を伝えられたのが起源とされています。
小麦粉と塩水でこねた後、生地を鎌で渦巻き状に切り出し、2本の棒に8の字にかけて少しずつ延ばしていき、直径約2mm程の細さになるまで続けます。手延べの際に粉を振らず、五島産の椿油を使用しているため、かすかに椿油の香りがします。
食べ方は釜揚げが一般的です。麺がゆで上がる様子が、地獄で岩の間から熱湯が湧き出ているように見えることから「地獄炊き」と呼ばれています。麺は、その細さに似合わずコシがしっかりしています。その細い麺を五島名産の焼きアゴ(トビウオ)と醤油で作ったタレでいただきます。そのほかにも「かけうどん」や、冷水で締める「もりうどん」が定番です。乾麺が一般的でしたが、近年は半生タイプの麺も登場するようになりました。
写真提供:「五島手延うどん協同組合」
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「絶品うどん図鑑 ホームページ」 生活情報センター
・「長崎県五島手延べうどん振興協議会 ホームページ」
あごうどん
「五島うどん」と同様、長崎県の五島列島で作られているうどんが「あごうどん」です。「五島うどん」は焼きアゴ(トビウオ)をだしとして使いますが、「あごうどん」は焼きアゴを乾燥させ、それをパウダー状にして小麦粉と一緒に練り込んで作ったうどんです。カルシウムをふんだんに含んでいるのが特徴です。日本近海には20~30種類のトビウオ(飛魚)が生息しており、その中で「アゴ」と呼ばれるトビウオは2種類です。「あごが落ちるほどおいしい」という意味で「アゴ」と呼ばれているそうですが、昆布やかつお節のだしより上品で味が深く、だしの中では高級品とされています。
「あごうどん」は、麺自体に味がついていますので、すこし味を控えめにしたアゴだしのつゆで食べます。うどんをすすり、噛むたびにだしとともに麺からも香ばしさがあふれてきます。また夏場には、冷水でいったん麺を締め、キリッと冷やしたつゆに潜らせて食べるのが人気です。
<文献>
・「うどん大全」 旭屋出版
・「ますだ製麺 ホームページ」
大分県
ごまだしうどん
大分県佐伯市で古くから食べられている「ごまだしうどん」。豊後水道で獲れるエソという魚に、ごま、醤油、みりん等を加え、ペースト状になるまですり鉢ですります。これをゆでたうどんの上にのせ、熱いお湯をかけていただくのが一般的な食べ方です。
エソはこの地域で水揚げの多い白身の魚です。エソが大量に獲れた時に長期保存できるように焼いて調理していましたが、それをごまと合わせて「ごまだし」とした漁師たちの知恵の産物とされています。うどんのつゆを作るのに、だしを取ったり味付けを工夫したりする手間がなくなり、うどんをゆでればすぐにおいしく食べることができます。魚はエソを使うのが基本ですが、いりこ(カタクチイワシの煮干)、鯵、鯛なども使われているようです。薬味としてねぎなどを加えたり、トッピングとしてかまぼこをのせたりします。「ごまだし」の量によって味を調整できるのが利点です。
「ごまだし」はうどんに限らず、お茶漬け、おにぎりの具、ほうれん草の和え物などにもよく合う便利な食材です。
<文献>
・「さいき海の市場 ホームページ」 佐伯海産株式会社
・「ごまだし屋 ホームページ」 味愉嬉
・「家庭で味わう郷土料理百選 ホームページ」 ロケーションリサーチ
宮崎県
魚(ぎょ)うどん
宮崎県日南市周辺で食べられている郷土料理のひとつが「魚(ぎょ)うどん」です。トビウオ(飛び魚)のすり身に小麦粉や片栗粉、卵、塩などを加えてこねて、うどんにしたものです。麺はゆでた直後に冷凍保存し、食べる直前にもう一度ゆで、ゆで汁ごといただきます。
マグロ漁が盛んだった日南市は、太平洋戦争が始まると沖に出られなくなり、近場で獲れる魚に頼るしかなくなりました。その時、簡単に獲れる魚を利用しておいしい食べ物を作ることができないかと考案されたのが「魚うどん」でした。小麦不足の折、うどんの代替食として作られましたが、終戦とともに忘れ去られてしまいました。昭和50年代、郷土料理としての「魚うどん」に注目し復活させたのが日南市漁協の女性部でした。
「魚うどん」は、ゆでると麺からだしが出るので醤油だけで味を調えます。また時間が経っても麺が伸びにくいのも特徴です。昨今の健康ブームにおいては、EPA、DHAなどの不飽和脂肪酸を豊富に含む「魚うどん」が、血液をサラサラにしコレステロールを減らす効果が期待できると話題になっています。
またトビウオのほか、カンパチ、ヒラマサ、鯛、ハモ、クエなどの魚を使用する場合もあります。
<文献>
・「日南市漁業協同組合 ホームページ」
・「みんなの家庭の医学 ホームページ」 ABC朝日放送